『海外でホームレスに』悪夢のワーホリ体験記【危険編】

【これは僕が2017年に体験したノンフィクション体験記です】

ハノーファー市庁舎にて。

2017年、僕はワーキングホリデーを使ってドイツのハノーファーという綺麗な街に住み始めた。そこはロココな建造物や、モダンな美術館があったりと、自然も素敵な場所だった。

ドイツに来たワケを書くと長くなるのでここでは書かないが、簡単に理由を付けるならば、ドイツに来る前からマジシャンとして福岡でパフォーマンスをしていて、ヨーロッパの高いレベルのパフォーマンスを勉強するためにドイツに来たということにしておく。

パフォーマンスだけでは食っていけないので…仕事探し!

お金はあるが、減るのも怖いので。到着して一週間ほど経ってからアルバイトを探すことにした。

見つけたのは住ませてもらってるシェアハウスから徒歩5分の所にある日本食レストラン! 日本人だし使ってくれるだろうと面接の連絡を入れた。

結果は合格。明日から来てくれと言われた。その店では巻き寿司をメインでしていて、近々新しい日本食をメニューに入れようと考えていた。面接の時に店長に肉じゃがとお鍋をパパッと作ったら好評だったので嬉しかった。

しかし、合格と同時に不思議なことに気づく。

給料のことを教えてくれない。っていうか濁して隠しているよう。

オーナーのドイツ人店長曰く、『君はまだ寿司マスターじゃない。寿司マスターにならないと技術レベルが足りないから金はまだ出せないんだよ』

はい?…寿司マスター?なんじゃそりゃ。いや、僕は寿司マスターにはならなくていいんです。ただただお金が欲しいんだよ。と思った。

店長は立て続けにこう言った。

『ドイツでは仕事レベルが一定に達しないものはアルバイトでもお金が出ないんだよ。』と。そこで少し信じてしまった僕が馬鹿だった。

自分でもググってみたのだが、そんなことはどこにも書いていなかった。だが、オーナーにしつこく聞いても記事が間違っているんだとしか言わず、説得されてしまった。

他のアルバイトに変えようかも迷ったが、ここのレストランでは寿司が賄いで食べ放題だったのもあり、食費を抑えられる&元を取れるので、とりあえず様子見で二週間無給&無休で働いた。

鰻やサーモンを毎日食べられたおかげでなんとか日本シックは抑えられた。

流石にやってられないので、2週間を過ぎた頃に強気でオーナーに給料でないともうやめます。と言ったら、了承してくれて、日本円で500円ほどの時給を出してくれたが、ハノーファーの最低賃金は確か1000円は超えていた。この会社はおかしいとバイトのインド人と話してたりした。

さっきまで無給で働いていたと書いたが、実は僕はそのレストランで毎週の火曜日と木曜日の7時〜9時までの2時間、マジックショーをしてその対価をオーナーからもらっていた。それは2時間で8000円。この値段は正直安すぎたなと自分でも思っていたが、海外のお客様へのパフォーマンスは今まで全くする機会がなかったので、経験だからいっか!と割り切っていた。その出演料がもらえなかったら本当にさっさと辞めていただろう。

決定的な辞めるきっかけになった出来事

ある時、お米を研いでいたら、店の外で店長が従業員に暴力を振るっていた。そのあとに従業員から悪い噂を聞く。どうやら、日本で言う所のヤ○ザらしい。

オーナーは実は二重人格で、超気分屋だった。とても付き合いずらい上司だった。上司には前から辞めたい意思を少し伝えていたが、彼は僕を利用して日本人を集客しようと考えていたようで、引き止められていた。しかし今回の出来事で、これは危険だ!逃げないと!と思い、その日の給料だけもらって次の日から行かない事に。

次の日には非通知で50件以上の電話が…

なんて執着のある人なんだろうと思った。逃げられたくなければ、前々から高い対価を払いましょうね。

ただ、一つここで問題が出てきた。

以前に住所を教えてくれと言われた時に、万が一に備えて嘘の住所を書いていたので、シェアハウスの場所はバレていないが、レストランと家は徒歩5分。

もし道でバッタリ会ったら何をされるのか分からないので、急いでここを出ることを決意。

大きなスーツケース片手にデュッセルドルフへ!

新しい家を探すのはとても大変だった。なんとか、掲示板サイトを通じて知り合ったデュッセルドルフ在住の日本人のTさんのご自宅に1ヶ月8万円で住ませていただける事になった。感謝。住所が定まらない僕は、長期の家には住めないのだ。

そのTさんの家に入居できるまでは1週間あったので、入居までの間を安くて狭いホステルで過ごした。その時に鬱病を発症。怖くて不安で帰国したいと思った。

入居してからはとても快適に過ごさせてもらった。

その後も家がないので知らない人の家にいきなり行き、泊めさせてくださいとお願いに行ったりしながらなんとか食いつないで行った。お陰で路上生活はしなくて済んだので本当に助かった。結局お世話になったのは4軒のご自宅。お食事ももらえて、お礼に家事をしたり、マジックショーで楽しんでもらったりした。

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【鳴り止まない脅迫電話】

 
ヤ○ザ店長
あの住所嘘じゃないかにゃ!騙したにゃ‼️
 
ずっとこんな感じに家探しの間も非通知でかかってきていて僕のメンタルはだいぶやばかった。どこにいても、つけてきているんじゃないか?と考えてしまって、道を歩くときもキョロキョロ辺りを見ながら歩いていた。周りから見たらただの不審者だっただろう。

引越しを繰り返していたので資金も3分の1にまで減ってしまった。

実はもうドイツで新しく住民登録は出来ない状況だと僕は考えていた。

なぜなら、今の時代、住所を調べようとしたら簡単に見つかってしまうからだ。

店長から逃げ切るためには住所不定で金を稼ぐしかないと考えていた。

そこで考えたのが日本食レストランにマジシャンとして出演して出演料、またはチップをいただく考えだった。

行動して気付いたのだが、どこも断られてしまった。

まず、店内が狭いので迷惑になる&一品一品が高いので、お客に長居をしてしてもらう必要がない。(日本の居酒屋のように何品も頼んでいただかなくても問題がない)

それならお店にメリットはない。

ヤ○ザ店長の日本食レストランは、なんちゃって日本食だったので一般的な本格日本食店と比べると、システムが違ったのだ。

ここまで家を探して、明日住む場所を確保しなければいけない恐怖と、資金が無くなっていく恐怖とを毎晩体感してきて、もう心は限界だった。鬱病もピークで自殺願望のようなものまで出てきていた。

もう引き上げ時だなと思い、急いで帰りの格安飛行機を予約し、日本に帰国したのだった…

まとめ

結局当初の予定とは全く違う体験をする事になったのだが、海外でここまで動けたのは高校生時代の留学経験や、中国で五年間過ごした経験があったからだなと振り返ってみると思う。

ワーキングホリデー制度は素晴らしいシステムだが、誰も助けてくれないので何かが起こった時に自分で解決する能力が必要な厳しい試練だと思う。

ただ、僕のようにホームレスになってまで海外で挑戦するのは事件に巻き込まれかねないのでオススメはしないが、その分、今こうやってブログに書く事のできる体験として得ることができたので良しとしよう。

最後に一言◆

〜海外でホームレスになっちゃう事は普通はありえない!〜

続編はこちら↓

《後編》『海外でホームレスに』悪夢のワーホリ体験記【お助けキャラ編】