《後編》『海外でホームレスに』悪夢のワーホリ体験記【幸せ編】

全体のストーリーをまだ読んでいない方は…《前編》『海外でホームレスに』悪夢のワーホリ体験記【危険編】←こちらを先に読んでくださいね(^^)

ドイツで危ない店長に追われて、ホームレスになって、住む場所を探してばかりの必死な生活をしていた僕なのだが、もちろん嫌なことばかりでもなかった。この記事は《後編》だ。前編では触れなかったオマケ要素も記しておこうと思う。

AFSのお助けキャラ!

ワーホリ中に一番辛かったのは孤独感だった。信頼できる人が誰もいない。例の店長が追ってきてはいないだろうか…という心境で何処へ行くにも不安だった。そんな時に、心の支えになったのは間違いなくAFS友達(AFSer)の存在だった。

AFSとは、高校生の交換留学を主な活動とした、国際教育交流団体。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

AFSは縦にも横にも人脈が広がっている巨大組織で、AFSerの日本人友達とドイツにいながら繋がることができた。以前同期でフィンランドに留学していた友達や、ドイツに留学中の後輩にも会えたお陰で、異国にいながら日本語で会話することが出来たのだ。友達と一緒にいるときはリラックスをすることができて、幸せだった。

友達とSLに乗ったり、一緒に泊まったり、楽しい思い出も作ることが出来た。ヤ○ザ店長に追われて家から怖くて出られない時に、家まで遊びに来てくれたりもしてくれて、友達って素敵だなって感じた。どんなに困った絶望状態にも、必ずお助けキャラはいるんだなと知った。

同期の友人と乗ったSL
その後森で迷子に…。3時間さまよったのはいい思い出!

高校時代にAFSでインドネシアに留学していなかったら、僕は本当にドイツでもっと大変だったんだろうなと思う。全ての経験は正しいのだ。ちょっと難しい話だが、ドイツでのお助けキャラの存在はあらかじめ決まっていた未来で、その未来の出来事を達成するために高校時代に留学をしていた…という感覚もあった。

いわゆる『未来➡︎現在➡︎過去』の順番。

僕はドイツでの経験があってから、運命ってのはあらかじめ決まっていて、その道筋通りに未来に引きつけられて進んでいっている気がしてならない。

なぜそう実感したかと言うと、次の出来事が起こったからだ。

中学時代の恩師2人に再会!

僕は小学4年生から中学2年生までの5年間を、中国の広州市にある“広州日本人学校”に通っていた。そして、放課後には毎日のように日本人向けのフランチャイズの集団塾に通っていた。塾に通っていた理由は日本人学校の友達がたくさん通っていたからと言うのもあったが、一番の理由は僕がとにかくバカだったからだ。笑

そして広州校には当時、英語担当のY先生と、数学担当のN先生がいらっしゃった。どちらの先生も教え方がお上手で、僕は塾に通ったおかげで英語もぐんと伸びて、数学もまぁまぁできるようになった。

さて、時間は戻ってドイツでの出来事だ。場所はデュセルドルフ。日本人街があり、デュッセルドルフ日本人学校もある小さい日本があるような街だった。

そこに滞在を始めてから2週間ほど経った時に、ふとグーグルマップで近くの地理を調べていたら、僕が以前通っていたフランチャイズの塾を見つけたのだ。〇〇塾・デュッセルドルフ校と確かに書いてあった。そしてあることを思い出したのだ。以前知り合いと話していた時に、『英語のY先生はデュッセルドルフにいるらしいよ!』と言う情報を聞いていたのだ。

もしかしたら会えるかもしれない!と僕は電話をかけた…

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運命の再会は叶わなかったと思われた…

 
N先生

はい、こちら〇〇塾・デュッセルドルフ校です。
 
あ、お忙しいところすみません。以前中国にある広州校で〇〇塾にお世話になっておりましたYoshikiと申します。今私はデュッセルドルフにいるのですが、以前お世話になっていた英語のY先生がそちらにいらっしゃるという情報を聞きまして、もし出来たらお会い出来ないかなと思い、連絡をしたのですが…Y先生は今もいらっしゃいますか?
 
N先生
あぁ〜、、Y先生は昨年日本に戻られたんですよ〜。タイミングが悪かったですね…。なんかすみません。でも、私も広州には以前住んでいて、Y先生とは一緒にお仕事してたんですよ。
 
そうだったんですか…。え、すみません。先生のお名前を伺ってもいいですか?
 
N先生
Nです。
 
え!!!N先生!?覚えてますか?あの太ってたYoshikiです!
と、まあこんな風にまさかのY先生は帰国されていたが、N先生はいらっしゃったのである。後日予定を合わせて塾の教室で30分ほどお会いできる時間を作ってくださったのだ。久々にN先生に会えて、近況報告も出来てとても幸せだった。ありがとうございました。しかし、帰り際にN先生が何度も『近いうちにまたおいでな!』と念を押して言ってきた。なんだったのだろうと思っていて、また1ヶ月後に〇〇塾に電話をした。するとまたN先生が電話に出てくれた。
 
 
N先生

おおお!電話ありがとう!Y先生が3日後にいらっしゃるから塾においで!前来てくれた時には実はもう来ることが決まってたんだけど、人事異動の事だからあの時はまだ伝えられなかったんですよ。ごめんね。
 
 
本当ですか!わかりました、行きます!
奇跡ではないだろうか??中国でお世話になっていた2人の恩師に遠く離れたドイツで再会できるだなんて。僕は自分の運の強さと、色々な巡り合わせに感動した。そして後日、Y先生と会ってお話しすることが出来た。まるで夢を見ているようだった。そして先生と再会してから1週間後に僕は日本に帰国したのだ。
 

人生とは… 旅とは… 出逢いとは…

うつ病、ホームレス、奇跡の再会をドイツで経験して帰ってきたが、どれも本当に価値のある出来事だったと思う。家を無くした時に見ず知らずの僕を泊めてくださったドイツ人の皆さんにも感謝。元気がない僕を励ますために家まで遊びに来てくれた同期の友人に感謝。悪い出来事も含めて全て感謝すべき事だったんだと今は思う。全ては神様が与えてくださった試練だったのだろう。10代の間に様々なことにチャレンジしよう!とはよく聞くが、本当に出来ることならチャレンジしていった方が自信にも経験にもなると思う。

(まぁ、僕も金銭面は親に結構頼っていたのでデカイことは言えないが。)

これからも心は冒険を続けていきたいと思う。

◆最後に一言◆

あの時絶望的だった僕のお助けキャラになってくださった皆様、本当に有難うございました!一生忘れません!

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